手本をよく見ようー。

書の世界では日常的なアドバイスです。



ただ、見える人に「見よう」というならばまだしも、

見えない人に「見よう」というのは、少しムチャぶりのように思います。

後者の人には、書いて「見せる」方がよっぽど効果的です。



ただ、見せてもらえなければ見ることができない…では、なかなか芸が磨かれていきません。

稽古の目標の一つは「自分らしい書表現」ですが、それは、「自分らしい見え方」があってこそ実現されるものだからです。



そもそも、書の手本は、目に見える「書かれた文字」に限られません。

目に見えない「書かれ方」―筆の働き方―こそ重要な手本なのです。



「書かれた文字」は「花」のようなもので、往々にして、その美しさに目を奪われ、「根」(書かれ方)には思いを馳せることができません。

「根」に養分が巡るからこそ「花」が咲くように、「書かれ方」に芸が尽くされるからこそ、「手本」として成立しています。



では、「書かれ方」が「見える」ためには、どうすればいいのでしょう。9

月の稽古では、「松風閣詩巻」や「風信帖」の臨書だけでなく、その時代背景や人物像なども学びます。

加えて、手本なしの創作書道にチャレンジしたり、体操や瞑想を通じて互いの身心を磨き合ったりします。



時代の風を感じる、生き様を味わう、自分を引き出す、仲間と高めあう…。そ

んな場に身を置くことが、「見える」ようになるための王道です。今


月も、あなたの「根」に十分な養分が行き渡り、

あなたらしい「花」を存分に咲かせられるように、「土壌を耕す」(場を磨く)ことから始めます。



書法道場師範 武田双鳳