すべての筆画に「質感」がある―。

これが、「書」であるための基本条件です。



筆画の質感といっても、

絵画のように現実生活における具体的な形は現れることはなく、

曖昧で何であるかは確定はできません。



しかし、王羲之の師と言われる晋の衛夫人が

「隠隠然として形がないようにみえて、実は形がある」と語るように、

美しい書には、何らかの存在を感じさせるような質感が、確かにあるのです。



筆画に質感を持たせるコツについては、

古人が著作の中で比喩を用いながら説明してています。



例えば、点の書き方は、一方では「高峰からの墜石の如し」と言われ、

岩石のように角張らせ、堅牢で重みを出すべしとされています。

他方では、「水中のおたまじゃくしの如し」ともあり、円満で軽快にすべしともされます。



点ひとつとっても様々な助言ありますが、

つまるところ、「力を紙背にまで透す」あるいは

「下筆すれば浮かせず紙中に刻入する」大切さを伝えようとしたものです。



ボタンを「おす」ように筆毛を押し付けても質感は出せません。

絵の具で「ぬる」や刷毛で「なでる」、

タッチパネルに「ふれる」ようにしても同様です。



筆画がのっぺりとして浮薄なものであれば、

それは病筆(悪筆)であり、敗筆(失敗作)です。



あくまでも、筆画は「紙裏にまで透す」ものであり、

「紙中に刻入する」ものなのです。



だからこそ、抽象的な存在として立ち上がり、

見る人にとっては、紙の中に突然何かが出現したと感じられるものなのです。


師範 武田双鳳


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